加伊寿の泉|虹の湖公園
イタリアのトレビの泉をかたどった加伊寿の泉。

泉の中央には、黒石美人を代表する加伊寿姫の像が立って
います。
加 伊 寿 御 前 の 由 来
 鎌倉時代の末期、黒石郷の地頭として、幕府から派遣されていた工藤右衛門尉貞行と、しれんとの間に生れた子女五人の長女。

 南朝方の貞行は、延元三年 (一三三八) 五月、泉州石津 (大阪府) の戦いで討ち死にするが、根城南部氏の六代信政に嫁していた加伊寿御前も、興国四年 (一三四三) 八月に没している。

 このため、尼しれんはその翌年、貞行の遺領黒石郷を、加伊寿御前の子力寿丸 (後の南部信光) へ譲り渡したことから、以後、黒石領は、為信の津軽一統まで、南部氏の支配下に置かれた。

 加伊寿御前については、「くらしび (暗がり) でも明るくなるほどの美人」と伝えられ、歴史上、「黒石美人」の代表とされている。

 加伊寿御前は、別名加寿子とも呼ばれており現代風の姿に再現したもので、黒石の主産物のリンゴを手にして、黒石の行来を祈っているものであります。

 泉はイタリアの”トレビの泉”を象取ったもので、泉の中の四つ鐘は”愛”・”幸せ”・”学び”・”みのり”を求める鐘であります。


        

●屋台村

        

●加伊寿の泉

        

●大型遊具